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「日中百年の群像 革命いまだ成らず 下」を読んで

歴史 書評

今回は、譚璐美氏の著作「日中百年の群像 革命いまだ成らず 下」を紹介します。

革命いまだ成らず〈下〉―日中百年の群像

革命いまだ成らず〈下〉―日中百年の群像

 

 

先日紹介した上巻の続きですね。

federation-of-it-republics.hatenablog.com

 

アメリカの焦燥・日本に対する敵視

清国との関係においてヨーロッパ諸国に巻き返しを図り、さらには新興勢力の日本より優位に立ち、清国に対する支配力を強めるにはどうすべきか。何かアメリカ独自のアイディアはないものか――というのが、アメリカの直面する課題であり、急務であった。(p.56-57)

日露戦争の後に日本とアメリカの関係がこじれていくというのは、あらゆる書籍で言及されていることです。

その原因の一端は、やはり日本への清国留学生の増加でしょう。

本書でも言及されているように、将来、清国を背負って立つことになるリーダーたちが親日的になれば、アメリカの出る幕はなくなってしまうのではないか、という思いがアメリカの政治家たちにありました。

1907年12月、ルーズベルト大統領はアメリカ議会に「義和団事件に関する賠償金の返還」を法案として提出。アメリカ議会は1908年6月に法案を通過させています。

アメリカの日本に対する感情の変化をこういったところにも伺うことが出来ます。

建国当初から立ち込める暗雲

実のところ、武昌蜂起は「中部同盟会」の宣伝と努力の成果であった。その中心人物である宋教仁は、準備に多くの労力と時間を費やした。

(中略) 

それにも拘わらず、孫文が会場に現れただけで、その場の人々は一気に心を鷲掴みにされ、陶酔させられてしまったのである。宋教仁にとっては、それまでの地道に積み重ねてきた努力が、その一瞬で水泡に帰してしまうほど衝撃と虚しさを感じたのではないだろうか。(p.152)

まさに会社あるある。

金の工面やお偉方との折衝をするのは、基本的に上に立つ者の仕事。

しかし、製品の生産や管理などは下の者たちが汗水流して努力した成果です。

本来はどっちが偉いとかでなく、両方共賞賛されて然るべきなのでしょうが、民衆は分かりやすい有能なリーダーを求めてしまうもの。

ここで湧き上がった嫉妬の思いは、少なからずその後の展開にも影響してるのかもしれません。

中国にもありえたかもしれない?「虚君共和体制」

「虚君共和体制」とは、イギリス式の皇室を戴く国家体制で、皇室に実権はなく、いわば象徴としてのみ存在する立場であり、実際の国家運営は議会が実質的に執り行うことを意味した。清朝に置き換えれば、皇帝に実権を与えず、「象徴皇帝」として人々から尊敬される立場として存続し、衆参両議会が民主的に国家を運営するのが望ましいという主張である。 (p.167)

これは梁啓超の意見書に出て来る内容です。

本書ではイギリス式と出てますが、我らが日本の国体とも一致するものです。

革命よりも秩序を求めた梁啓超らしい案だと思います。

しかし、私はこの案が実現しても、成功する確率は低かったのではないかなと思っています。

そもそも皇帝は満州族。漢族の民衆が皇帝を尊敬し、国家を安定させるというのはかなり難しかったと思います。

桂太郎のインドに対する思い

これからは 2人で互いに信頼しあって、目的達成のために、中、日、トルコ、ドイツ、オーストリアと同盟を組み、インドの問題の解決に当たりましょう。インドの問題が解決すれば、全世界の有色人種はみな蘇生します。(p.198)

桂太郎孫文の対話の中の一節です。

この同盟案には驚いた!桂さん、そんな構想があったんですか!

具体的にどんな構想だったのかが気になります。

これは個人的な要調査案件です。

最後に

「日中百年の群像 革命いまだ成らず 下」を紹介しました。

中国の軍閥割拠に至るまでの過程を知らなかったので、本書には大いに学ばせていただきました。

読み進むにつれて、革命の英傑たちが思い半ばで亡くなっていくのが悲しい限り。そして、社会主義台頭の萌芽も見え始めてきます。

 

個人的に気になったのが、黄興という人でした。(下巻表紙上段の左から二番目の、なんかぶすーとした顔の人です)

孫文と並び称されるほどの人。どんな人なのか、もっと知りたくなりました。

そういえばジャッキー・チェンが黄興を演じた「1911」という映画があるみたいですね。気になったので、これも今後見てみたいと思います。

1911 [DVD]

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革命いまだ成らず〈下〉―日中百年の群像

革命いまだ成らず〈下〉―日中百年の群像